酒蔵探訪 21 2007年01月
「鶴乃江」
鶴乃江酒造株式会社
会津若松市七日町2-46
Tel.0242-27-0139 / Fax.0242-27-0339
https://www.tsurunoe.com/
会津若松市七日町通り。ここは明治、大正、昭和初期に建てられた古い商家が残る趣ある町並みである。郷土料理店や骨董店、漆器店、茶屋などが点在し、さらにさまざまな歴史や物語を秘めた寺社も多く、近年はその独特の町並みを訪ね、多くの観光客が足を運ぶスポットとなっている。
そんな七日町通りに寛政6(1794)年、会津藩御用達頭取を務めた永宝屋一族から分家創業したのが鶴乃江酒造である。当主は代々「平八郎」を襲名、現当主の林平八郎氏は七代目になる。
創業以来この場所で、地元の酒造好適米と磐梯山の伏流水、会津の気候、そして杜氏の技によって伝統的製法を守り続けている鶴乃江酒造。「永宝屋」の屋号や紋から名付けられた「七曜正宗」、「宝船」といった銘柄を用いていたが、明治初期には会津の象徴である鶴ケ城と猪苗代湖を表す「鶴乃江」、さらに昭和52年には保科正之公の官位であった「会津中将」の銘柄を世に出す。いずれも「会津」ならではの名前であり、この酒蔵が会津に根付き、会津を大切に思う心が感じられる。
▲七代目当主 林平八郎氏
▲明治~大正時代に造られた蔵では昔ながらの酒づくりが行われる
鶴乃江酒造には、もうひとつ「ゆり」という主力銘柄がある。この「ゆり」という名前、実は当主の娘さんの名前だ。東京農大醸造学科に学んだゆりさんと母親の恵子さん、かつては女人禁制とされた酒蔵で女性が醸した酒が「ゆり」なのである。水色の磨りガラスのボトルにやわらかな「ゆり」の文字。女性が女性のために醸した酒と話題にもなったが、飲めばやわらかなイメージだけでなく、キリッと引き締まったさわやかさも持つ。この「ゆり」シリーズは1997年に誕生、当初首都圏のデパートなどで発売され人気を得て、徐々にその人気が地元に戻ってきたという。
「和醸良酒」蔵人の結束こそが良い酒を生むと、林氏。林氏と杜氏の坂井さんを中心に、総勢10人ほどの蔵人がまさにひとつになって酒造りに取り組む。「うちでは、皆が酒造りについて学び、皆で酒を造り上げるのです」福島県酒造組合が主宰する「県清酒アカデミー」を利用し、恵子さんや蔵人も酒造りを学んだ。恵子さんは今では酒造技能検定一級に合格し、こうじ造りを任されている。知識があれば今、何をすべきかがわかり、無駄のない作業にもつながるという。鶴乃江酒造では、営業担当も酒造りの知識を持つ「セールスエンジニア」なのだ。
通りに面した店と蔵は、明治から大正にかけての建物で、実に古きよき時代を感じさせる佇まいだ。昔ながらの和釜や、二階に荷を上げる阿弥陀車など、未だ健在の道具もある。
(左から)
・大吟醸 山田錦ゆり
・会津中将 純米大吟醸特醸酒
・会津中将 生純米原酒 初しぼり
取材に訪れた12月下旬、蔵では袋に詰めた酒が酒槽に並べられ、ゆっくりと雫となって落ちていた。実際に酒槽を用いて酒を搾る作業を見たのは初めてである。「スローな酒造り」というのだろうか。「もちろん機械化によって省力化した部分もあります。けれど、基本は昔ながらの方法を守っています」吐く息が白くなるほど冷え込んだ蔵の中には、酒蔵ならではのいい香りが満ちていた。
「以前に比べ、やはり普通酒の需要は少なくなっています。しかし、毎日の活力として普通酒を楽しんでくださるお客様もまだまだいらっしゃいます。また、会津、そして七日町は観光客が多く、お土産や贈り物にとご使用いただくお客様もいらっしゃいます。普通酒と特定名称酒、それぞれを機関車の両輪として、どちらも鶴乃江酒造らしい酒を醸していきたいと思っています」穏やかに話す林氏の言葉には、やはり地元会津への深い愛着が滲み出ていた。
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