酒蔵探訪 49 2009年05月
「一ノ蔵」 株式会社一ノ蔵
宮城県大崎市松山千石字大欅14
Tel.0229‐55‐3322 / Fax.0229‐55‐4513
http://ichinokura.co.jp/
▲松本善文社長
宮城県大崎市は、平成18年4月に1市6町が合併し誕生した新しい市である。県の北西部、奥羽山脈から流れる鳴瀬川、江合川沿いに形成された大崎耕土と呼ばれる肥沃な平野を中心とするこの地は、伊達家の城下町としての歴史を持ち、豊かな自然と歴史が地域を育んできた場所である。
市内の南東部に位置する松山地区は、伊達家の重臣茂庭家の城下町として栄えた。茂庭氏は城下町を整備する一方で、良質な地下水と豊かな自然環境に恵まれた地で、特に醸造に力を入れたという。そんな大崎市松山に一ノ蔵は本社蔵を構える。 一ノ蔵が誕生したのは、昭和48年のこと。浅見商店、勝来酒造、桜井酒造店、松本酒造本店の県内4つの蔵が、伝統を守りお客様に喜んでもらえる酒造りをと、1つの蔵として新たなスタートを切ったのだ。 「当時は大きな蔵がオートメーション化を図るなど、日本酒業界が大きく変わりつつ ある時代でした。その中で、良い米を使い、手間と時間をかけ、良い酒を造る。そんな 思いを共有した4社が力を合わせて立ち上がったのです」と、話すのは六代目社長を務める松本善文氏。
▲門脇豊彦杜氏
▲本社蔵全景
平成5年に竣工した本社蔵は、壮大な外観を呈している。さぞや近代的な設備、機械化を導入しているのでは、との印象を持つが、ここでは驚くほど昔ながらの酒造りの手法が継承されている。
「蔵人への負担を軽減するため、随所に工夫はしています。しかし、やはり良い酒を造るためにはどうしても人の手で、昔ながらの方法を守らなければならないことも多いのです」と、平成13年より〝生え抜き〟の杜氏として蔵を仕切る門脇豊彦氏。清潔でゆとりのある蔵は、蔵人が作業しやすい動線や配置に配慮されている。最新の酒造機器や設備の他、回転式の甑など独自に導入した機械もある。それでも蒸米を室に運ぶのは蔵人だし、麹を2時間おきに積みかえるのも蔵人だ。
一方、仕込みまでの間、麹を寝かせる「枯らし」のための部屋はゆったりと広い。これは、できるだけ自然に近い環境で麹を枯らせるためだ。その他、一つ一つの作業環境が実にゆとりのある作りで、「ああ、ここはお酒にとって実に居心地の良い蔵なのだ」と感じさせられる。
一ノ蔵というと、「無鑑査本醸造」でその名を知ったという人もいるだろう。清酒の級別制度下では、「優良な酒」が特級、「佳良な酒」が1級とされ、良い酒でも審査に出さなければ2級酒でしかなかった。昭和52年、一ノ蔵は敢えて国の監査に申請せず、本醸造清酒を販売した。「一ノ蔵無鑑査本醸造」には「本当に鑑定されるのはお客様自身です」とラベルに級別制度と徴税システムの実態を訴える文章を記して販売した。この酒は徐々に世間の話題となり、一ノ蔵の名を全国に知らしめた。
一ノ蔵の酒はバリエーションが豊富だ。純米酒、吟醸酒、本醸造酒いずれも米や精米、度数、味わいがそれぞれ異なる自慢の酒が揃う。たとえば宮城県産有機米で醸した「有機米仕込特別純米酒 一ノ蔵」は、軽やかながら米の風味が生きた酒だ。「熟成酒 招膳」はとろりとしたまろやかな舌触りと熟成酒ならではの豊潤な香りと味わいが楽しめる。また、低アルコール酒やあま酒も人気だ。「ひめぜん」はアルコール分8%強のSweetに加え、10%強のDryもラインナップ、より食事に合わせやすいと好評とのこと。また、「発泡清酒 すず音」もシャンパンのような泡立ちで女性におすすめ。日本人の食卓が多様化していく中で、これからも新しい提案を続けていくという。
(左から)
・発泡酒 すず音
・ひめぜん Sweet
・ひめぜん Dry
・熟成酒 招膳
・有機仕込 特別純米酒
『一ノ蔵型六次産業』。一ノ蔵の将来について尋ねると、松本社長はこう答えた。「農業(1次産業)、酒造り(2次産業)、販売(3次産業)のすべてがかみ合うことで、新しい蔵の形が作れるのではないかと考えています」6次というのは1から3を掛け合わせた造語だという。一ノ蔵では、平成16年に「一ノ蔵農社」を立ち上げた。以来環境保全型米づくりや野菜栽培を手がけている。「農業はまだまだ模索中です。ただし、農業は酒づくりの原点です。社員が農業を肌で知ることは、酒造りにとっては大切なことだと実感しています」
一ノ蔵が大切にするのは人と自然と伝統。誇り高き社員の揺ぎ無い仕事は、客の心をとらえ、そして地域社会を潤していく。
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