酒蔵探訪 64 2010年8月
「菊正宗」 菊正宗酒造株式会社
神戸市東灘区御影本町1-7-15
Tel.078‐851‐0001
https://www.kikumasamune.co.jp/
▲嘉納穀人社長
現在、全国で造られている酒の主要な銘柄は4,500種類以上あるが、その中で最も多いのが「正宗」のついた名前で、180以上を数えるという。この「正宗」の名前、諸説あるがもともと天保年間に灘の近くの酒造家が酒の名前をつけてもらおうと菩提寺の住職に依頼したことが始まりと言われ、禅の経典に「臨済正宗」の文字を発見し、「せいしゅう」が「せいしゅ」に通じるとして決めたとか。その酒の評判がよかったため、「正宗」の名をつけた酒が全国各地に生まれ、「酒は正宗」と言われるほどの「正宗」ブームになったこともあったそうだ。そんな「正宗」の名を持つ酒の中で、多くの愛飲家が一番に思い浮かべる酒が「菊正宗」ではないだろうか。
菊正宗酒造は万治2(1659)年、徳川4代将軍家綱の時代、兵庫県御影村に創業した。当時の灘は、まだまだ大きな名醸地ではなかったが、17世紀末になると、いわゆる江戸下り酒の人気によって灘の酒の人気が急に高まり、中でも本嘉納家(当時の屋号)の酒は評判だったという。
そもそも、嘉納という姓は、600年ほど前、地元の御影沢の井の水でつくった酒を後醍醐天皇に献上したところご嘉納(褒め喜んで受け取ること)になったので賜ったものだそうで、「菊正宗」は酒づくりに適した地に、生まれるべくして生まれた酒だと言えよう。
▲本社外観
▲「キクマサ読本」
明治時代、本嘉納家8代目の秋香翁は、「どうしても良い酒を造る」という信念のもと、巨費を投じて酒質の向上・改善に取り組み、業界に先駆けた技術改善などで品質を高め、今日の基礎を築いた。
菊正宗の神髄は「本流辛口」。すっきりと飲み飽きせず、料理を引き立てる日本酒こそが本流だという。古来、日本酒の味はその時代の消費者の好みに左右されてきた中で、菊正宗は時代に迎合しない辛口一筋を貫いてきた。菊正宗を醸す水は、花崗岩でできた六甲山系に源を欲する伏流水「宮水」。わずか数100メートル四方だけに湧き出す、一際酒造りに適した水だ。
また、酒米として菊正宗がこだわるのが「山田錦」だ。今でこそ、全国の蔵元が山田錦を使用しているが、菊正宗では古くから農家と契約して山田錦を栽培。今では「嘉納会」と呼ばれるグループとなり、山田錦の主産地として最上級の酒米を産出している。
そんな最良の原料を用い、菊正宗では造りも「本流」にこだわる。時間と手間のかかる「生もと造り」である。古の知恵に倣う木製の半切り桶や暖気樽の使用や、味の決め手になる部分には必ず杜氏ら職人の経験と勘を重んじる。一方で、その造りを研究し、科学的に解明。昨年からは生もと造りを四季醸造に導入した。上撰・本醸造もすべて生もと造りに転換したのである。菊正宗では、この、自然と人の叡智が積み重なって完成された「生もと造り」の技を次の世代に残すために、後継者の育成に力を注ぐとともに、他の酒蔵にもその製法をオープンにして、文化としての日本酒醸造の継承を目指している。
新商品「上撰生もと辛口純米酒1・8Lパック」は、創業350年「真・辛口」宣言のもと、高品質の辛口酒路線を強化するために生まれた商品である。生もと造りならではの、雑味のないすっきりとしたキレのある喉越しと深い味わいが楽しめる。
また、「嘉宝蔵生もと本醸造」は、昔ながらの寒造りで仕込まれた酒。ふくらみのある味わいは45度から50度前後の上燗がおすすめだという。「生もと超辛口徳利ボトル」は、江戸時代の通い徳利をモチーフにしたデザインもさることながら、そのすっと切れる喉越しが人気。本格辛口酒を吉野杉の樽に詰め、一番良い香りの時に瓶詰めした「上撰樽酒」、さらに超辛口の普通酒「菊正宗辛口パック」など、その幅広いラインナップは、消費者のどんな好みにも答えてくれそうだ。
(左から)
・菊正宗 辛口パック
・上撰樽酒
・生もと超辛口 徳利ボトル
・嘉宝蔵 生もと本醸造
・上撰生もと 辛口純米酒
昨年秋、菊正宗では「キクマサ読本」を出版した。お馴染みのCMソングの秘密や長く続く蕎麦屋さんとの関係などが紹介され、菊正宗ファンの有名人が登場する。菊正宗、そして日本酒の魅力が満載された一冊である。その中に、こんな文章があった。
「菊正宗は、350年、人々の人生に寄り添ってきた。どれだけの人を慰め、励まし、泣き笑いを見てきたか。はやりの酒よりいつもの酒。」
老舗ならではの技や、厳しい時代を乗り越えてきた強さを持ち、一方で常に上を目指す志の高さ。「いつもの酒」を造るために、菊正宗は最善の努力を惜しまない。
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