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酒蔵探訪 73 2011年5月

「蓬莱」 有限会社渡辺酒造店


岐阜県飛騨市古川町壱之町7-7
Tel.0577‐73‐3311
https://www.sake-hourai.co.jp/

▲渡辺久憲蔵元

 飛騨市古川町。岐阜県の最北端に位置し、標高3千メートルを超える北アルプス連峰や飛騨山脈の山々に囲まれた盆地の町だ。瀬戸川沿い、白壁黒腰壁の土蔵が続く風情ある町並みの一角に、「蓬莱」の蔵元、渡辺酒造店は蔵を構える。

 創業は享保17(1732)年。渡邉家の初代・久右衛門がこの地で「荒城屋」を起こし、2代目からは両替商や生糸の製造を営み、財を成したという。そして、明治3(1870)年、5代目久右衛門が、生糸の商いで京都に行った折に口にした酒の旨さが忘れられず、自ら酒造りを始めたことこそ「蓬莱」誕生のきっかけとなった。できあがった酒は評判となり、謡曲「鶴亀」で歌われた仙人が住むという桃源郷「蓬莱」と名づけられた酒は、開運をもたらす縁起の良い酒として、次第に飛騨を代表する酒として慕われるようになっていった。若山牧水など、飛騨を訪れる文人墨客にも愛され、また、ずっと品質至上主義を貫いてきた酒造りは、数々の品評会でも高い評価を得ている。

▲蔵外観

 蔵元の渡辺久憲氏は、あくまでも飛騨の風土に根付いた酒こそ「蓬莱」の味だと言う。日本酒を生き物としてとらえ、生き物を扱うには、作り手の心のあり方が大事だと考える。酒は心で造るものだと、〝心〟や〝人間性〟こそ、伝統産業の担い手として重んじたいと話す。

 「蓬莱」が目指すのは、米にこだわり、造りにこだわり、甘口でもなければ辛口でもない、甘・辛・酸・渋・苦の五味が調和した、旨口の酒。品種や産地が明確でない米は蔵に入れず、酒造工程は細部にまでこだわる。最も使用量が多いのは、地元飛騨産の酒造好適米「飛騨ほまれ」。また、大吟醸には兵庫産の「山田錦」が用いられる。これらの米を玄米で購入し、自社の精米機で精米する。平均精白歩合は約58%。平成11年には、精白歩合25%の米による酒造りにも挑戦した。「粗悪な米を美酒に変える魔法はない」。その不変のこだわりが、「蓬莱」の酒造りの基本だ。

 そして、何よりも、作り手である蔵人自身が、舌鼓を打って飲める酒。大切な家族に安心して勧めることのできる酒。親しい友人に胸を張って贈ることのできる酒。そんな酒でなければ造らないと断言する。そこには、まさしく作り手の「愛情」が込められている。「人間性を高め、分をわきまえ、無心にひたむきに酒造りに向き合う。醸造という素晴らしい仕事を、手から手へ、後世に受け継いでいきたい」とは、杜氏の言葉である。

(左から)
・天才杜氏の入魂酒
・飛騨の田んぼ
・飛騨のどぶ
・非売品の酒 番外品
・蔵元の隠し酒

 そんな渡辺酒造店の商品は、実に多彩である。品評会で12年連続入賞という「天才杜氏の入魂酒」や、米への感謝が感じられる「飛騨の田んぼ」と名づけられた純米酒、飛騨の名産品「赤かぶ漬」が付いた「粋なじじいの飛騨ゆめ農場」、飛騨名物のにごり酒「飛騨のどぶ」など、そのネーミングからもこだわりや個性がうかがえる。さらに、特別限定品のその名も「非売品の酒」、「蔵元の隠し酒 番外品」など、興味をそそられるものも多い。

 「蓬莱らしさとは」の問いに、蔵元は『3秒で幸せになれる酒』と応えている。やわらかで優しい旨味が特徴で、バランスよく、きれいでふっくらとした旨口の酒こそ、蓬莱の味なのだと。「でも、この味でよし、と満足することなどない」とも蔵元は言う。「毎年が一からの挑戦だ」と。

 国の有形文化財に登録されている趣ある蔵で醸される酒は、情緒とともに酒づくりの真髄を感じさせてくれる。

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