新・酒蔵探訪 1 2011年11月
豊国酒造合資会社(古殿町)
石川郡古殿町竹貫114番地
Tel.0247-53-2001
http://azuma-toyokuni.com/
▲矢内賢征氏
中通り南部、阿武隈山系の標高300~500mに位置する古殿町は、流鏑馬の里として知られる。この地に天保年間(1840年代)に創業した豊国酒造は会津坂下町にある同名の蔵と区別するために「東豊国」とも呼ばれ、その呼び名で知る人も多いだろう。普通酒の他、東北や全国の鑑評会で常に優秀な成績を収める大吟醸「幻」や、30年以上前から造られている「超」など人気の銘酒が揃う。
蔵では一昨年、9代目となる矢内賢征さんを迎えた。「小さな頃から間近で蔵人を見てきて、自然といつかは自分もと思ってきました」と、賢征さん。大学を卒業後、東京の醸造試験場での研修を経て帰郷、父である8代目当主、定紀さんとともに蔵の経営や酒造りに打ち込み始めた。
▲趣ある門構え
ここでは昔ながらの酒造りを守り続けている。今も 南部杜氏が伝承の古典醸法に則り酒を醸す。賢征さんは酒造りはもちろん、杜氏から学ぶことは多いと言う。「杜氏さんに任せきりというのではなく、私自身も酒造りはきちんと学ぼうと思っています。まじめに酒造りと向き合う姿勢、そして確かな技は、やはり長い伝統を持つ南部杜氏ならではのものだと思います」。昨年春、豊国酒造は第92回南部杜氏自醸清酒鑑評会で日本一という快挙を成し遂げた。これこそ、杜氏の円熟の技、そしてその技を十分に発揮できる蔵との信頼関係があってこそのものだろう。
そして、賢征さん自身も今年、2度目の造りを迎え、自らが中心となって純米酒「一歩己(いぶき)」を仕込んだ。一歩一歩を大切にする気持ちと己自身、そして「息吹」という言葉を掛け合わせたという名前には、賢征さんの酒造りへの思いと若々しさが感じられる。
しかし、そんな中で東日本大震災が発生。酒瓶が割れるなど被害は大きかったものの、蔵では震災翌日からできる部分で営業を続け、4月初旬にはなんとか通常の状態にまで回復したという。しかし、4月11日の余震は、3月の震災時よりも蔵に大きなダメージを与えた。「蔵の土壁は崩れ、何より3月の地震から立ち直り、これなら何とか行けると思った矢先だったので、ショックも大きかったですね」。さらに本震、余震による県内外での被害は甚大で、さらに追い討ちをかけるように福島第一原発の事故による放射能被害の問題も広まってきた。「周囲には自粛ムードもあり、こういう時期に酒を売って良いものかというような、そんな雰囲気もありました」。
そんな賢征さんに勇気を与えたのは顧客や取引先だった。「『負けないで』『こういう時期だからこそ頑張ろう』と、たくさんの方に励まされました」。そして、「一歩己」をはじめ、残った酒の販売を再開した。「周囲にはもっと大きな被害を受けた人もいる。自分が立ち止まっているわけにはいかないと思いました」と、賢征さんは改めて当時を振り返る。豊国酒造は、常に地元を大切にしてきた。「ここは創業以来地元の人たちに愛され、根付いてきた蔵です。この姿勢はずっと変わりません」。地元に根付いているからこそ、原発事故の風評被害も少ないという。それでもやはり、多くの人に酒を楽しんでもらうために安全、安心には細心の注意をはらう。
(左から)
純米酒「一歩己」
大吟醸「幻」
純米酒「超」
東豊国普通酒
未曾有の震災を乗り越え、再びスタートを切った形となった9代目・賢征さんの酒造り。「これからの経営者は、酒造りも分からなければならないと思っています。だから、杜氏の下で、学べることはどんどん学んでいきたいと思っています。酒に、蔵に愛情を持って取り組んでいきたいですね」。
厳しい状況が続く業界、そして原発事故の影響や風評被害の収束もまだ終わりは見えない。そんな中で、豊国酒造は8代目当主の下、脂ののった杜氏、そして若き9代目が力を発揮して活路を見出している。今は品切れ状態の「一歩己」。賢征さんが醸す次の「一歩己」が楽しみだ。
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