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新・酒蔵探訪 25 2014年1月

株式会社 鈴木酒造店長井蔵


山形県長井市四ツ谷1丁目2番21号
Tel.0238-88-2224
http://www.iw-kotobuki.co.jp/

▲鈴木大介専務

 山形県の南部に位置する長井市。ここは江戸時代、日本海に面した酒田から最上川を経由して米沢に至る舟運ルートの終着港として栄えた場所。その名残もあり、農業の他に商工業も発展してきたという。

 そんな長井市に震災後、鈴木酒造店長井蔵が看板を掲げた。それは、双葉郡浪江町請戸で天保年間より酒作りを続けてきた「磐城壽」の鈴木酒造店の新たなスタートだった。

 2011年3月11日。海から数十歩のところにあった蔵は津波で流された。しかも続く原発事故で戻ることもできなくなったのである。「何とかしなければならないのに何もできない。そんな悶々とした日々でした」と、専務の鈴木大介さんは当時を振り返る。

 暗闇でもがくような中、1本の救いの糸のようにもたらされたのが、福島県ハイテクプラザに研究のために預けていた酵母が残っているという知らせだった。「震災の直前、山廃のもろみのことで相談したところ、酵母を調べてみようということで山廃酒母を預けたんです。震災でその酵母のことはすっかり忘れていました。うちの酵母があると聞いて、それならまた酒が作れると思いました」。

▲蔵外観

 2011年夏、まずは南会津町の國権酒造の設備を借りる形で酒を作った。すると、避難でバラバラになった浪江の人達が故郷の味を求め、買いにきてくれた。「そんな浪江の人達の思いに答えるためにも、できるだけ早く本格的に操業しなければならないと思いました」と、鈴木専務。福島県内での再開も考えていたが、準備期間に1年半かかってしまう。酒作りは冬だけのもの。下手をすれば再開できるのは2年後になってしまい、そんなには待てない。以前から話のあった長井市の蔵は廃業を考えていたということで、こちらは再開までそれほど時間はかからない。「鈴木酒造店長井蔵」という新しい会社としてのスタートを決断した。

 とはいえ、設備はほとんどを入れ替えた。「福島県や山形県の同業者の方に譲ってもらったり、本当に震災以降、たくさんの方に支えていただきました」。さらに経費を節約するためにコンクリ床打設や配管などの工事を自分達で行なったりもした。

 そして2011年冬。無事に仕込みに入ることができた。「不思議なことなのですが、長井蔵で最初に仕込んだ酒の搾りたては、浪江で作った酒と全く同じ味がしました。その後、二度とその味の酒にはなりません。あれは私達が作ったのでなく、作らせてもらったものなのだと思っています。」。  

(左)浜の復興酒
(中)しぼりたて生酒
(右)親父の小言純米酒

 長井市は積雪が2メートル近くになることもあるという雪国だ。冬場、浪江は山から海辺に乾いた風が吹くが、長井は雪で湿度が高い。また、水質も浪江の硬水に対し長井は軟らかく、全く違う。とまどうことも多かったというが、今では長井ならではの特徴を活かした酒造りを目指す。山形の酒米「出羽燦々」も、福島の「夢の香」と系列が同じだそうで、仕込みにさほど大きな苦労はなかったという。

 「浜の復興酒」は、普通酒ながら山廃を加えたことで、しっかりした味わいの酒。濃い目の味付けの漁師の料理をイメージしたという。また、「しぼりたて生酒」はうすにごりの上品な甘味をもったきれいな味わいの酒だ。さらに浪江の寺に由来する「親父の小言純米酒」はやさしい味わいで、冷やかぬる燗がおすすめだという。

 「一つひとつ、できることを段階的にやっていきたい」と、鈴木専務。「次の造りでは福島の農家が作った米で仕込む予定です。その次は安全を確認できれば浪江の水を試験的に使うとか、一歩ずつですね。私自身、浪江の方に声をかけてもらって元気をいただきました。人の集まる場所を作っていきたいですね」。鈴木専務にいただいた名刺には、浪江町請戸の住所も記載されている。「負けてらんにぇ なみえ」。復興はまだまだこれからかもしれない。しかし、鈴木酒造店は間違いなく前進している。

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