新・酒蔵探訪 2 2011年1月
合名会社藤井酒造店(現:株式会社矢澤酒造店)
東白川郡矢祭町戸塚41
Tel.0247-46-3101
https://www.yazawashuzo.co.jp/
▲藤井健一郎氏
東白川郡矢祭町。福島県の最南端に位置するこの町は、「合併しない宣言」を出し、独自の行政改革を進めていることでも知られる。地理的には、町のほぼ中心に矢祭山があり、その矢祭山を回りこみながら南北に流れる久慈川やその支流沿いに開けている町だ。ここに、「南郷」の名の酒を醸す藤井酒造店は天保4(1833)年より門を構える。
「震災の被害はほとんどありませんでした」と話すのは8代目、藤井健一郎社長。矢祭町は硬い岩盤上にあるので、古来より天災のない地域として『何もない(裕福な土地ではない)けど何事もない』と言い伝えられてきたのだという。創業時に建てられた土蔵の仕込み蔵と、大正時代に建てられた貯蔵倉の土壁がわずかに崩れただけで、出荷前の商品も1本も割れなかった。放射線量もこの辺りは低く、お隣茨城県の方が地震の被害も大きく放射線量も高いところがあるので驚いていると藤井社長は話す。
藤井酒造店の酒作りを一言で言えば、「基本に忠実」であるということ。昔ながらの作りを忠実に守っているのだ。その一例として、藤井社長は発酵の過程で出る泡の話を挙げた。「発酵時に出る泡は、実に多くのことを私たちに知らせてくれるんです。医者が患者の顔色を診るように、私達は泡の状態で発酵の過程を見極めます。筋泡、水泡、岩泡、高泡、落泡、玉泡、チリメン泡など、泡にはその状態によって先人が名づけた名前があるほど。 しかし、泡が出ると手間が余計にかかるので、今は泡を形成しない『泡なし酵母』を使う蔵も多いんです」。
また、藤井酒造店は、賞をとるための酒作りもしない。「本来、酒は多くの人に美味しく飲んでもらうものであり、料理と一緒に味わうものだと思います」。これまでに全国新酒鑑評会での金賞受賞や、東北清酒鑑評会での10年連続金賞受賞などの実績も持つが、まずは品質本位、消費者に楽しんでもらう酒を目指しているという。そして藤井社長は、東日本大震災と原発事故いう未曾有の災害を目の当たりにして、基本に忠実に、消費者本位の酒を作るという思いを改めて強くしたと話す。
全体に淡麗辛口で口当たりが良い特徴を持つと定評のある蔵元だが、中でもフルーティな香りできりりとした味わいの「吟醸 つう」や、さわやかさを感じさせる「純米吟醸 うらら」は代表選手といえよう。ひやおろしの先駆けとして4半世紀もの歴史を持つ「南郷 ひやおろし」も人気が高い。他にも通年商品、季節商品ともに自慢の酒が並ぶ。さらに、1月から3月の期間限定で登場するノンアルコールの「いちご甘酒」など、新たな「南郷ファン」を開拓する商品も生まれている。
藤井酒造店はこの春、ホームページを一新した。そのコンテンツには、藤井酒造店の歴史や酒の紹介などに加え、日本酒を楽しむための情報が掲載されている。たとえば、日本酒の健康への効能や美容効果、二日酔いの予防や直し方といった興味深い内容だ。また、お燗の温度やお燗の方法、酒器による味わいの違いなど、ちょっと知っておけばより日本酒がおいしく味わえそうな情報もある。
▲吟醸つう/純米吟醸うらら/ひやおろし
「若者の日本酒離れは、日本酒と良い出会いをしていないからだと思うんです」と、藤井社長。「たとえば、大学のサークルなどで無理やり飲まされて嫌な思いをすれば、二度と日本酒を飲みたいとは思わない。逆に、最初においしいお酒を飲めば、また飲みたいと思うはずです。私達酒蔵は、酒と人が良い出会いをするために努力をしなければならないと思います」。そのために少しでも日本酒の魅力を伝えたいと、藤井社長はホームページへの書き込みを続ける。
今年も酒の仕込みが始まっている。少なからずある風評被害を軽減したいと、念のため検査機関に出した米や仕込み水から放射性物質は検出されなかった。原料米のできばえも上々だという。今、蔵人はただただおいしい酒を変わらずに作ることに専念している。
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