Loading...

新・酒蔵探訪 特集 2012年10月

インタビュー

「國酒・日本酒の原点といえる生もとづくりで福島、そして日本を代表する酒に」


大七酒造(株) | 太田英晴社長

大七酒造株式会社
二本松市竹田1-66
Tel.0243-23-0007
https://www.daishichi.com/

▲太田英晴社長

 昨年3月の東日本大震災から1年半。県内の蔵元各社では、間もなく震災後2度目の造りの季節を迎える。日本酒の低迷が続く中での震災。応援需要や日本回帰など、実は日本酒にとってはプラスとも思える事象もあったかに見える。

 今回は福島県、そして全国を代表する酒蔵の1つに数えられる二本松市の大七酒造を訪ね、震災の影響や日本酒のこれからのことなどをうかがった。

▲新社屋風景

「堅牢な新社屋、日ごろの備えも奏功」

― 昨年の震災では、あまり大きな被害はなかったとお聞きしましたが?

太田 建物自体の被害は軽微で、タンクが少しずれたり、瓶詰め途中の酒が落ちた程度の被害で済みました。ですから、夕方までには概ね社内は落ち着きを取り戻し、私自身もその日の夜に予定されていた会合に出ようかと思っていた位です。

― 御社は2005年に新社屋に移られました。耐震構造なども十分施されていたのでしょうか。

太田 地震だけを念頭に置いていたわけではありません。たとえばフランスのワイナリーなどでは百年以上を経た建物がいくらでもある。私も新社屋については、百年後も十分に使える建物を、とできるだけ強固なものにしたかったのです。生もとづくりには、蔵に棲みついた微生物の存在が欠かせません。ですから蔵を建て替えるということは、そのたびに微生物にも引越しをしてもらわなければなりません。数十年ごとにやっていたのでは、その手間も大変です。実際、新社屋への移転には5年もの時間をかけました。また、生もとづくりには温度管理も大切です。結果として、当時としてはあまりなかった外断熱を施した厚いコンクリートの壁を採用するなど、耐震構造も備えた蔵になりました。

 さらに、我が社では毎年秋頃に防災訓練を行っているのですが、震災前の訓練では地震体験車で、全社員が関東大震災や阪神淡路大震災の揺れを体験したんです。それで、瓶貯蔵の方法を見直し、瓶ケースにかけるバンドを増やしたり、全体をラッピングするなどしました。社員も大きな揺れを体験したことで、震災当日もあわてることなく行動できたのではないかと思います。

― 原発事故への対応も早かったそうですね。

太田 幸い、この辺りは停電にならず、テレビなどで情報を得ることができました。事故発生の第一報を聞き、まずは全社の空調を止め、さらに換気扇にビニールシートを張り目張りをして、外気を遮断しました。ガイガーカウンターを入手して測定したところ、酒蔵の中は0.06マイクロシーベルト程度で、平常値と変わらない状態でした。

 また、これは原発事故というより地震の揺れを受けてなのですが、杜氏が井戸の水をどんどん汲み上げるよう にと指示したんです。これは、大きな地震によって地下水の水脈が変わり、水が出なくなるのを防ぐためだったんです。水脈がずれて行き場を失いかけた水を導くということです。杜氏によれば、昔から言われてきたことだったそうです。

 その後、換気口などには高性能のフィルターを設置したり、搬出・搬入口にエアカーテンを導入するなど、恒久的な対策に変換しました。事故直後から続けてきたので、社員は今も入室する際には濡れタオルで体の塵やほこりを拭っていますね。

▲木桶で櫂入れの様子

「福島の酒として、日本の酒として」

― 震災後の取引先や消費者の反応などはいかがでしたか。

太田 たくさんの方に応援や支援をいただき、感激しました。海外の取引先も心配して連絡をくださったのですが、皆さんあまり放射線のことには触れないんです。寝た子を起こしてはいけないというような感じで、聞きにくかったのでしょう。隠せば隠すだけ不安は募ります。だから、詳しい状況を逐一ホームページに掲載して、英文にも訳して。正確な情報が伝われば、皆さん理解してくださいます。

― 「FUKUSHIMA」は今、世界で有名になってしまいました。

太田 そうですね。海外に行っても注目されます。でも、だから得をすることもありました。昨年フランスで行われた国際アルコール見本市では、これまではいろいろな地酒メーカーの共同ブースで出品していたのですが、初めて単独ブースで出品しました。福島の蔵元ということで注目されましたが、逆に安全性を訴えることができたと思っています。

― 御社では、スカイツリーの公式ショップに採用されたり、高野山の開創1200年の際に記念の酒を奉納することが決まったりと、その評価がますます高まっています。

太田 ありがとうございます。「生もとづくり」にこだわり続けた酒づくりが、多くの方に認めていただけたのではないかと思います。

― 最近、「生もとづくり」を見直す蔵も増えているようです。

太田 日本酒の国際化が進む中で、日本酒の原点と言いますか、本来の製法が見直されているのだと思います。国内で採れた作物を醸造する。微生物の力や自然の力、さらに人間の知恵や技を積み重ねて個性を生む。それは、まさに日本酒の持つ普遍的な価値だと思います。

― これからの日本酒についてはどうお考えですか。

太田 テーマが大きすぎて答えにくいのですが、震災後、「日本回帰」とか「絆」という言葉に象徴されるように、「和」のものが見直されているように思います。塩麹のような伝統調味料が人気となった例もあります。日本酒は、シェアとしては小さくなってしまい、日常の酒としては確かにちょっと歩が悪いかもしれません。しかし、間違いなく日本酒を選んでくださる方はいらっしゃる。そういう方に満足感を与え、選ばれ続けていく努力は怠ってはならないと思います。

 また、政府は「國酒プロジェクト」を立ち上げ、日本酒を応援しようという動きを見せています。日本酒と日本食を組み合わせてその魅力を伝えるということで、期待したいと思います。

 海外の市場では、日本酒は伸びています。日本から輸出される食品の中で、日本酒は8位に位置しています。日本文化を代表している食品だといえます。しかし、日本酒の認知度は高まっているのですが、そのポジションはまだ低いと言わざるを得ません。日本酒とワインを比較してみると、ワインを飲む日本人なら誰でも1つや2つ、ワインの銘柄を挙げられるでしょう。たとえば、ロマネコンティとか。でも、フランス人に日本酒の銘柄を聞いても、ほとんどは知らないでしょう。これからは、日本酒への正当な評価をしてもらえるように努力していきたいですね。日本人がフランスでワイナリーを訪ねるように、外国からも日本酒ファンが来るような状況になればいいと思います。そのためには、酒蔵はもちろん、その酒蔵のある地域ぐるみで魅力づくりをするのも良いと思います。

― 今日はありがとうございました。

(左から)
・純米生もと
・生もと純米大吟醸 箕輪門
・生もと梅酒〈極上品)

 大七酒造では昨年秋、日本酒専門家を認定する団体「日本酒サービス研究会」と「酒匠研究会連合会」が主催する「地酒大show2011」において、日本酒全2部門とリキュール部門の3部門で最高位となるプラチナ賞を受賞した。しかもこの三冠を2009年、2010年、2011年の3年連続で受賞しているというから、まさに快挙である。生もとづくりという先人が築いた造りにこだわり続けたことで、「かつては変人と呼ばれたこともあるんです」と笑う太田社長だが、そのこだわりこそが今や誰もが認める逸品を生み、高い評価を得ていることは間違いない。

※掲載されている情報は取材日時点での情報であり、掲載情報と現在の情報が異なる場合がございます。予めご了承下さい。